Artist In Residence

憧れの棲む家 ―尾形かなみのガラスに

4月1日から5月31日の二ヶ月間、アート・ビオトープにて滞在制作をされたガラス作家・尾形かなみさん。尾形さんに出会った当施設文化顧問・新見隆より、尾形さんへのテキストが届きました。

尾形さんのHPはこちら 滞在記もつけてくださっています。

 

 

憧れの棲む家

尾形かなみのガラスに

 

 

[ ジャズのように軽やかなリズムで ]


 那須のガラス工房には、陶芸のそれの静けさ、静謐さともちがって、一種、炉の熱気にシンクロするような、軽やかで、リズム感に富んだ空気、そして音楽の躍動がある。

 それは、一見、ジャズのようであるし、また新緑の目に濃い鮮やかさともよくマッチする。

 そこで、尾形かなみは、ジーパンにオレンジ色のTシャツで、鉄竿を持って、あちこちを動き回っていた。

 小柄で精悍な彼女は、俊敏な小動物のようにも見える。 

 今から四年前の春、二期倶楽部オーナーの北山ひとみさんと、僕らが立ち上げた芸術家村「アート・ビオトープ那須」の、三人目のレジデンス作家として、尾形かなみさんは、この三月から五月の末までの三ヶ月間を、早春の森のなかでガラス三昧の生活を送った。

 文化顧問としては迂闊なことに、四月なかばのオープン茶会「野に遊ぶ」に来ていながら、ガラス工房で作業する彼女を目にしてはいても、慌てていて声をかけそこなった。そして、彼女のワークショップには、都合があって、来れずじまいだった。

 今回、新里明士さんによる陶芸ワークショップに来て、彼女と初めて話をした。1977年生まれだから、僕にとっては、美術大学の教員になって、初めての教え子たち、十一年前の彼女彼らとほぼ同じ世代になる。我田引水にいうと、小柄で精悍な彼女は、僕の娘にちょっと似ていて、野性的というのはほんとうの実感であって、僕は瞬時に、ものづくりのために宿命的に生まれてきた、人間独特の匂いを嗅ぎとった。

それは、ジャズの音の流れのような、緩急自在な自然の呼吸そのものと言えばいえる。彼女がジャズを好きかどうかも知らないのだが。

 

 

[ 憧れの家の所在 ]


 尾形かなみが那須でつくったのは、みっちり、薄いブルーのガラスを巻き込んだなかに、彼女独特のガラス版画を埋め込んで、封じ込めた、円筒形の塊ガラス、などなどである。

 またいっぽうで、透明な、吹きガラスの壺の底に、小さな家を沈めたもの。

 そして、さまざまなイメージ=ガラス版画を、壺に貼りつけたもの。

 さらには、流線形というか、そういう綺麗なカーヴと曲面を持った花瓶の底に、さらに羽を広げた黒いカモメ?を埋め込んだもの、などなどである。

 大きな酒樽のような壺の底に、アート・ビオトープの合い言葉、「三つの椅子」を沈ませてあるものも、また。

 それらの特徴は、一言でいって、いずれもジャズのポップさ軽やかさを持っているが、通りいっぺんのファンタジーには。けっして終わってはいない。どこかしら、寂しげで、あるいは苛烈な詩情すらも、チラちらと垣間見せもする。

 彼女の探しものは、どうやら、そういう、ペーソス、つまり哀愁をふくんだ詩情のようだ。

 アンリ・ゲオンの、さしずめ、彼がモーツァルトのかのイ単調のピアノ・ソナタについて言った「疾走する悲しみ」という感興を、ふと思いだした。

 以前の仕事には、僕にとって気になる、身の回りで渉猟した、モノ=イメージ群を刷り込んで、封じ込めた、「標本」という一連のシリーズもあった。

 世代的な問題ではなくて、かつて七十年代に、河原の石ころに政治的画像を刷り込んだ前衛版画家、島州一がいまだに、長野の御代田の山荘でシャツをトレースするユニークな仕事を続けているとか、「モノ」の大渉猟者にして大記録者、大森裕美子が今も果敢に、世界から引き剥がしてきたモノの痕跡を作品化しているとか、尾形かなみは、たぶん、知らないだろう。

 ただ、彼女の場合、そういう、知らない、ということがマイナスにはなっていないような感じがする。それは、知らないなら知らないなりで、尾形かなみは、「いま、ここで」知ろうとすることに、徹底して集中し、孤独な熱狂をこれまで賭けてきただろうから。

 その点で、うちの娘もそうなのでよく分かるのだが、彼女たちは、どんなに小さなこと、些細なことも、ないがしろにできない、特殊な、真摯属、でもあるのだ。

 その真摯な熱狂や、集中が、尾形かなみを必然的に、憧れのほうへ向かわせるのだろう。それが彼女の本質、と僕は見ている。

 ここには書かないが、僕はその時、工房で彼女と話しながら、いろいろと、個々の作品への疑問や、やろうとして何か迷っているいくつかの状態やらに、

勝手気儘に先輩面して、注文というか、批評的な言葉をも口に出した。そのひとつひとつに、じっとうつむいて、考えながら頷いたりしていたその表情も、僕には忘れ難い。

 いずれにしても、彼女はまったく、これからぐんぐんと頭角を現す、途上の人である。超えていかなければならいものも、また多いはずだ。

 僕も、そして、アート・ビオトープのスタッフ皆も、彼女を迎えることができて、ほんとうに歓びだったし、根っからのキュレーターの僕としては、いったん才能に着目した作家は、ずっとこれからもバックアップし続けることを宣言して、心からのはなむけとしよう。

 そして、僕らの楽しい旅は、続くのである。

 

 

新見隆

二期リゾート、アート・ビオトープ那須文化顧問

武蔵野美術大学芸術文化学科教授

 

アーティスト・イン・レジデンス 募集要項

 アート・ビオトープ那須は、古くから避暑地として人気のある高原リゾート、栃木県・那須高原の山懐にあります。木々に囲まれ小川が流れる静かな環境の中、最初に出来ました。「陶芸」「ガラス」のスタジオ、2階に宿泊室、1階炊事室、食堂といったレジデンス機能を完備した施設です。
 アート・ビオトープ小豆島は、瀬戸内海で第2の大きさである香川県・小豆島の西端にあります。瀬戸内海に面し対岸に高松を臨み、世界的な芸術作品を身近に感じることができるところです。小豆島で産出される花崗岩は、大坂城築城の際、その石垣に使用されて以来、日本有数の採石地です。さらに、2008年「オリーブ植栽100年」を迎えた、日本一のオリーブ産業があります。
 これらの地の利を活かし、AB那須の「アーチスト・イン・レジデンス(AIR)」プログラムは「陶芸」「ガラス」「写真」「映像」「舞踊」。AB小豆島のプログラムでは「絵画」「彫刻」「染織」「陶芸」「写真」「映像」「演劇」「舞踊」のジャンルで活躍するアーティスト、研究者の創作活動を支援します。
 各プログラム参加者には、市民のさまざまな芸術体験を促すことを目的としてワーク・ショップ、レクチャーなどを開催してもらいます。アーティストにとって、アーティスト同士の刺激、交流の場であり、市民にとっては、感性豊かな芸術に触れられる場でありたいと願っています。この場での出会いが、さまざまなエナジー、パワーとなって“新たな芸術”を生み出すことを想像すると楽しみでなりません。

 

2011年度の募集詳細・要項はこちら

※2011年度の募集は終了致しました